母性本能こそが国家を守る 海自護衛艦「やまぎり」のママさん艦長かく闘えり

 

 

2016.6.13 13:00更新

野口裕之の軍事情勢】
母性本能こそが国家を守る 海自護衛艦「やまぎり」のママさん艦長かく闘えり

http://www.sankei.com/premium/news/160613/prm1606130010-n1.html

護衛艦「やまぎり」の大谷三穂艦長=6月2日、神奈川県横須賀市(寺河内美奈撮影)

 

海上自衛隊で初めて護衛艦の女性艦長が誕生したと聞き、神奈川県横須賀市に係留中の《やまぎり》の艦長室を訪れ、大谷三穂2等海佐(45)に取材し た。女性将兵の増加は世界的傾向だが、増加に伴い「母性保護」問題が浮上する点もまた、世界的傾向だ。しっかりとしたメディカルケアや、結婚・出産後も仕 事を続けられる体制の拡充が不可欠な状況も、自衛官以外の働く女性が直面する課題と基本的に変わりはない。

 ただ、戦闘艦で長期の海上勤務に就く大谷さんはじめ武器を取り扱う女性自衛官は、他の働く女性はもとより、男性社会人とも精神・肉体上の負担・苦痛を異にする。海外派遣や危険な任務が増え、家族の理解と支えは重要度を増したが、限界や個人差も立ちはだかる。

  練習艦のナンバー2=副長に初めて就き、半年間の遠洋練習航海に行くと告げた際も、7歳だったまな娘は「行っちゃヤダ」と泣いた。ところが、「ママは艦長 になりたいの。副長にならないと、艦長にはなれないの」と言って聴かせると、ややあって、しゃくり上げながらも母を見上げ、声を絞り出した。

 「ママが艦長になりたいなら、行って…」

 大谷さんは「母の夢を子がかなえてくれた」と振り返った。

220人の部下を率いる中佐殿

 大谷さんは大日本帝國海軍では中佐に相当し、火砲やミサイル、短魚雷で武装する基準排水量3500トンの護衛艦《やまぎり》の艦長として、220人の乗組員を率いる。艦橋では「指定席」でにらみをきかせ、艦長室には風呂・トイレが付く。

防衛大学校横須賀市)の40期、分かりやすく表現すれば「女性1期生」に当たる。当初は、一般大学の文学部に入学し、考古学者を目指した。が、テ レビでたまたま見た湾岸戦争で、防大進学を決意。2年生のときに中退して、「女性らしく育ってほしい」と望んだ両親の反対を押し切り防大に進んだ。なぜか -。

 「親のスネをかじっての大学生活は一人暮らしで楽しく、ぬるま湯。でも、テレビの向こうでは戦争という別世界だった。こんなことで良いのかと、衝撃を受けた。以前より、国に奉仕する仕事をしたかったのは確かだが、湾岸戦争の映像で愛国心を覚えた」 

母性本能が国家を守る

 《やまぎり》における指揮統率方針は《一源三流》。方針には、母であり、妻でもある女性艦長のパイオニアとしての努力が透ける。意訳すると-。

 一、国家を守るために血を流す。

 二、家族のために汗を流す。

 三、部下・同僚のために涙を流す。

 「国家への愛」「家族への愛」「部下・同僚への愛」の《三流》は、同じ価値観《一源》から派生していると、大谷さんは固く信じているのだ。

 女性自衛官に話を聴いていると「母親の『わが子を守らなければ』という母性本能が、国家を守る使命感を強固にする」と感じることが少なくない。わが子の笑顔を思い出し、勇気百倍奮い立つのである。

実のところ、今回は2回目の艦長就任だった。ただ「前回は武装してはいるものの、練習艦で任務が違う。女性初の護衛艦艦長は荷が重く、失敗すれば、 後に続く女性自衛艦に迷惑がかかる」と、緊張の連続だ。だからこそ、《一源三流》の士気統率方針の下、艦と乗組員の実力を最高度にまで高めて乗り切ろうと している。

 「自ら部下の懐に入っていく。昔の艦長はドーンと座って、部下は艦長の背中を見て判断し、育っていった。今の若い人は、情報社 会の中で多様な価値観を持つ。こっちに向けと言っても、向かぬこともある。話題を合わせる積極性も必要だ。例えば、私自身ゲームはしなくても『どんなゲー ムをするの?』などと、話しかけています」 

 2月下旬の艦長就任以来、220人もの部下の顔/名前/配置を、1カ月強で覚えたのも《一源三流》に忠実だった証左に違いあるまい。 

  とはいえ、艦内には《CPO=先任海曹室》が在る。CPOは上級・古参の下士官専用の「特別室」。たたき上げの上級下士官は職人技を持ち、艦のクセや「水 兵さん」の私生活まで知り尽くしたプロ中プロ。艦長によっては、恐れをなして必要最低限しか訪ねないが、大谷さんはここでも「攻勢」に徹する。

 「頻繁に入ります。CPOに行くと、艦内の最新の雰囲気や乗組員の情報が、たちどころに分かる。上級下士官との風通しは極めて重要です」

想像を絶する母娘関係

 「日焼け止めを塗っています」と、ちゃめっ気たっぷりに“機密”も明かしてくれたが、艦艇は8隻目、海上勤務は通算11年近い。「潮け」タップリの「船乗り」で「海上・艦内生活にはまったく困らない」。

 しかし、大谷さんは海自幹部以外に母と妻、二つの顔が有る。こちらは「海上・艦内生活」のようにはいかなかった。冒頭で記したが、母と娘の関係は一般家庭の想像をはるかに超える。

 30歳で結婚し、32歳で(一人)娘を出産する。

 「どうしようかと思った。けれども、艦長への夢を諦められなかった」

  艦長を目指し、訓練・座学に明け暮れる毎日。娘を大阪府内の実家に預け、年に3~4回、1~2日帰省して顔を見た。おばあちゃん子、おじいちゃん子の悪い 方の面が出るのではと心配する大谷さんに、母親は「肝心なときには、やっぱりママ、ママなのよ」となぐさめたが「悲しかった」。

 「こんなに背が高かった? 毎日一緒にいられぬ境遇とは、こういうことなの…。いろいろな思いが駆け巡り、本当に私たち親子はこれでいいのかと自問を繰り返した」

 涙の再会と別れの繰り返し。悩むのはまな娘のこと。でも、癒やされるのもまな娘だった。

 「初めて練習艦の艦長に就いて真っ先に『おめでとう』と祝福してくれたのは、9歳の娘でした」

 母と娘の交流は、自衛隊の最高指揮官・安倍晋三首相(61)をいたく感動させ、平成26年、防衛省自衛隊60周年記念航空観閲式の首相訓示の中で、実名を挙げて紹介したほどだった。抜粋しよう。

 「長い航海の間には、寂しい思いをしておられるご家族も多いことでありましょう」

 ここで安倍首相は、練習艦艦長就任時、大谷さんを最初に祝福した9歳のまな娘に触れ、続けた。

  「ご家族の支えがあってこその自衛隊。私は、強くそう思います。ご家族の皆さんが支えてくださるからこそ、ここにいる自衛隊員たちは、立派に任務を果た し、その力を最大限発揮することができる。そのことは間違いありません。本日、この場所にも、たくさんのご家族の皆さんがいらっしゃっております。大切な 伴侶やお子様、ご家族を、隊員として送り出してくださっていることに、最高指揮官として、感謝の念で一杯です」

 ゴーストライターの手による訓示であっても、心が通う人とそうでない人の差はハッキリする。首相時代に、最高指揮官であったことすら知らなかった菅直人氏(69)や村山富市氏(92)が発した自衛隊向けスピーチは白々しく、士気を下げる、負の結果しかもたらさなかった。

娘と暮らしたのは、たった2年間

 わずかではあるが、大谷さんにとり、 珠玉の時間も流れた。たった1回、一緒に過ごした小学5~6年生の2年間。電子情報支援隊副長で陸(おか)勤務だったおかげで、官舎で暮らせた。もっと も、「娘に『学校に行くときは、コレとコレを持っていくの』と教えられる日々」。大谷さんといえば「クラス、何組だったっけ、と聞く始末だった」。

 中学1年生になった今年、長野県内の中学校で寮生活を始め、週末に会うこともある。「国に役立つ仕事を目指してネ」と、大谷さんが求められるくらい、まな娘は成長した。

 大谷さんが、横須賀基地内に海自初の託児所開設に奔走した「戦歴」を刻んだのは、苦しみ抜いた「戦果」といえよう。

 海自幹部と母に加え、妻でもある。大谷さんは出産7年後に、防大同期のご主人と離婚した。

 「海自幹部の夫も船乗り。互いに航海長だったりすると、片や入港、片や出港と、すれ違いの毎日でした。自衛官夫婦を同じ地方に転勤させる配慮を効かせる、今とは違う環境だった」

 海自の自衛官4万2000人のうち、女性自衛官は2400人。2400人中、幹部(将校・士官)は300人。希望しても、女性幹部でふるいに残る艦長候補者は数えるほどで、極めて狭き門だ。

外国で女性将兵はいかに登用されているか?

 世界に目を転じれば、女性 将兵の採用は(1)全戦闘部門に登用(2)潜水艦を除き登用(3)特殊作戦部隊など、精神・身体能力の高い者を選抜したエリート部隊やフロッグマンを除き 登用(4)潜水艦と地上部隊を直接攻撃する戦闘部隊を除き登用(5)戦闘支援部隊に限定(6)衛生・音楽部門に限定(7)全面排除…などに大別される。

 海自も、6%に満たない海自女性自衛官を1割に増やす計画だ。既に、陸海空自衛隊には固定翼・回転翼の航空機パイロットが活躍中だし、空自も戦闘機パイロットが誕生間近。女性の参加で、国家防衛を厚くする時代に入りつつあるのだ。

 「日本は武力侵攻されない」「侵攻されたら、米軍に守ってもらう」と夢を見ている日本人は、男女の別なく、大谷さんは腹の据わり方を学ぶがよい。 

  「現在はもう、男女間に配置制限がかけられなく成った。女性ならではのきめ細やかな気配りのみならず、屈強な心身も不可欠。女性だとの甘えも許されない。 全てが実力次第。国家を守る任務が男性だけでよいのか。国家を守る任務に男も女もない。男性と国防任務を分かち合いたい。そういう時代を迎えた」

実際、大谷艦長が預かる《やまぎり》にも女性自衛官が10人乗艦する。女性居住区に暮らし、入り口にはインターホンを備える。24時間勤務の交代時に、部屋に入って起こすことができない男性乗組員に気配りした設備だ。

 ところで、再婚相手も一般大学出身の海自幹部で、しかも「船乗り」。幸い? 前夫も夫も1佐(大佐)で、ときに出現する自衛官夫婦の階級逆転現象は起きていない。ともあれ、大谷さんでさえ、国家への愛と、家族への愛を、何とか両立させたいと、今日も悪戦苦闘している。

 取材を通し、英国首相だったマーガレット・サッチャー(1925~2013年)を尊敬するワケが納得できた。安全保障と真剣に向き合い、家庭とも両立した「鉄の女」を理想としているのである。