米大統領選の「本当の惨めな敗者」が、 トランプではなくマスコミである理由

 

米大統領選の「本当の惨めな敗者」が、
トランプではなくマスコミである理由

バイデン氏の勝利宣言から一夜明け日、ゴルフへと出かけていたトランプ氏…。いまだに負けを認めず抵抗を続けている彼は、本当に「惨めな敗者」なのだろうか? ※「ダイヤモンド・オンライン」にて、20201112日に掲載された窪田順生氏(ノンフィクションライター)による記事転載になります。

By 窪田順生(ノンフィクションライター)

2020/11/28

https://www.esquire.com/jp/culture/column/a34497301/dol-the-real-loser-in-the-us-presidential-election-is-the-media-not-trump/

 

トランプ大統領は本当に
「惨めな敗者」なのか

 アメリカ大統領選で、バイデン氏の得票数に及ばなかったトランプ大統領がいまだ負けを認めず(公開した1112日時点での内容になります)、見苦しい抵抗を続けているというニュースを見て、「ざまあみろ」と胸がスカッとしたという人も多いのではないか。

 ただ、トランプ氏が「惨めな敗者」なのかというと、かなりビミョーだ。

 法廷闘争に持ち込んでいるからなどという話ではなく、選挙で負けたとはいえ、おおよそ7100万人もの「支持」を受けたからだ。「とにかくトランプじゃなければいい」という人が多数を占めたと言われるバイデン票と対照的に、この7100万人は明確に「トランプ支持」のフラッグを掲げた人の数であることを踏まえると、これはトランプ氏にとって「一定の勝利」と言える。彼が得意とする「ディール」の切り札になるからだ。

 トランプ氏が大統領の座から転落すると、「さまざまな不正疑惑で訴追されるのでは」という見方があった。韓国の歴代大統領のように、権力の座から離れた途端にブタ箱送りにされるというのだ。

 しかし、7100万得票でそれはかなり難しくなった。これだけ根強い支持を持つ人気者にそんなことをやれば、アメリカ社会の分断はさらにひどいことになるからだ。選挙中にトランプ支持者の武装集団が現れたことを踏まえれば、「バイデンにハメられたトランプを救え!」などという武力衝突が起きる恐れもある。そこまでのリスクをとって、トランプ氏を訴追するメリットは少ない。

 また、それをやれば「トランプの思う壺」という面もある。4年前からトランプ氏は、「ワシントンDCの一部のエリート層による支配構造と戦っている大統領」というブランディングを続けてきた。今回訴追されれば、「ほら、私の言った通りでしょ」と開き直って、「無実の罪を被せられ、エリートに反撃する元大統領」というストーリーラインの「トランプ劇場セカンドシーズン」へ突入できる。SNSやメディアを駆使して騒げば、それなりに支持を集められる。

 つまり、「約7100万人の票を得た」というカードを持つトランプ氏は、やりようによってはまだいろいろな戦いを仕掛けられるということなのだ。

 そのような意味では、こんな面倒臭い人につきまとわれながら、「トランプが大統領じゃなくなれば、すべてうまくいくはずだ」と期待値だけ勝手に上がっている、バイデン氏の方が厳しい状況に追い込まれている。

 どこかの国の野党に見られる「政権批判をするときはやたらと威勢がいいが、いざ自分たちが政権を取るとグダグダ」というのは、アメリカの民主党も変わらない。「崇高な理想や国民の統合を呼びかけたわりに、8年間でこれと言った実績ないよね」と批判されたオバマ政権の副大統領を務めていたバイデン氏も、オバマ前大統領と同じ轍(てつ=わだち)を踏んでしまう恐れがあるのだ。

 

両者ドローの大統領選の中で
疑いようのない「惨めな敗者」

 そんな「両者ドロー」のような今回のアメリカ大統領選の中で、1人だけ疑いようのない「惨めな敗者」がいる。それは他でもないマスコミだ。

 とにもかくにも、トランプ氏の再選を阻むことが「ジャーナリズムの使命」だと信じて、なりふり構わず偏向報道を行い、どうにか目標を達成することはできたものの、結果として「もうこんな偏った情報を見ても意味ないじゃん」とマスコミ不信を広げる、という完全な「自滅」をしているからだ。

 繰り返し報道されているように、今回の大統領選の投票率はこの100年で過去最高になる可能性もあるという。国民の関心が高かったのだ。しかし、こんなに盛り上がっているにもかかわらず、選挙報道番組はそっぽを向かれている。

 ニールセン社の調査によると、大統領選当夜の選挙報道番組の視聴者は、21ネットワークで5690万人。前回16年の大統領選挙時よりも20%減少したというのだ。選挙は盛り上がっているのに、なぜリアルタイムに情勢を伝える選挙報道を見ないのか。

 答えは簡単で、「そんなもの見ても意味がない」と考えている人が増えているからだ。

 もはやさまざまなメディアで取り沙汰されているので、改めて詳しい説明をする必要はないが、アメリカでは「偏向報道」が当たり前になっている。たとえば「トランプ憎し」のCNNでは、トランプのやることなすことをキャスターたちがコケにする。「捕まっていないだけの犯罪者」とばかりのディスり具合なのだ。

 「トランプの暴走に立ち向かうジャーナリストたちを批判するとは、さては貴様もレイシスト陰謀論者だな!」というお叱りの言葉が飛んできそうだが、残念ながら客観的なデータに基づけば、アメリカのマスコミの偏り具合が常軌を逸していることは動かし難い事実だ。

 

 ハーバード大学ケネディスクールの研究機関、ショレンスタイン報道・政治・公共政策センターが、CBSCNNNBCニューヨーク・タイムズ、ウォールストリートジャーナル、ワシントンポストFOXニュースという7つのマスコミが、トランプ政権の最初の100日間をどう報じたか調査した。

 それによれば、CNNNBCはトランプに否定的なニュースと好意的なニュースの比率は131CBSでは否定的なニュースは90%以上。ニューヨーク・タイムズ87%、ワシントンポスト83%、ウォールストリートジャーナルは70%とボロカスに叩いていたことがわかった。

 

「御用メディア」と思われていた
FOX
ニュースが実は最もフラット?

 唯一FOXニュースだけが、否定的なニュースが52%で、好意的なニュースが48%だった。日本のワイドショーに出ている立派なジャーナリストの皆さんは、「あれはトランプを宣伝する御用メディアですから」などと蔑むFOXニュースが、実は最もフラットだったのである。

 そう聞くと、「ジャーナリストは批判するのが仕事なのだ」と唇をワナワナと震わせて反論する報道機関の皆さんも多いが、世論調査機関、ピュー研究所によれば、先ほどと同じ7つのマスコミのオバマ大統領就任2カ月の報道は、好意的なものが42%で否定的ものが20%、中立的なものが38%だったという。誰かれ構わず批判をしているわけではなく、ちゃんと相手によって手心を加えているのだ。

 断っておくが、筆者はCNNニューヨーク・タイムズがデタラメで、FOXニュースだけが真実を伝えているなどと、持ち上げるような意図はまったくない。

 マスコミというのは「中立」「平等」「正義」「自由」「多様性」など美辞麗句を並べ立てるわりに、トランプ氏やその支持者など、考え方の異なる「敵」に対してはその存在を一切認めないという排他性がある。「中立」とか「多様性」などという言葉が頭からスコーンと抜けて、相手がつぶれるまで徹底的に攻撃をするのだ。

 そのようなあまりにも「クセの強い報道」は、ある特定の思想信条の人たちには非常によく支持されるが、それが分断や対立を煽るという側面もある。たとえば、ハーバード大卒のインテリとして知られる、お笑いコンピ「パックンマックン」のパトリック・ハーラン氏は、今回の大統領選の結果を受けて、 「トランプ氏に7000万人以上も投票したアメリカ人がいるのにもガッカリ」とツイートした。この言葉からもわかるように、反トランプの人たちというのは、トランプ支持者を、「同じアメリカ人と思いたくない残念な人々」だと捉えているのだ。だから、この愚かな人々の目を覚ましてやろうと、アメリカのジャーナリストは徹底的に容赦なくトランプを叩き続けるのだ。

 

民主党支持者から
見れば中立公平
共和党支持者から
見ればポジショントーク

 が、そういうイデオロギーのない人たちがトランプ氏とその支持者に対する攻撃を見れば、「うわっ、偏り過ぎていてさすがに引くわ」とシラけてしまう。この感覚の大きな隔たりがマスコミ不信を加速させている、ということを指摘したいだけだ。

 実際、そのあたりはデータも示している。20181月、ナイト財団とギャラップ社が発表した19000人を対象とした調査では、報道に政治的偏向が「かなりある」と感じる人は45%で、1989年調査時の25%からかなり増えている。しかも、共和党支持者になるとこれが67%とドカンと跳ね上がり、民主党支持者になると逆に26%とガクンと下がる。

 つまりアメリカのマスコミは、民主党支持者からすれば、「権力に立ち向かう中立公正なジャーナリスト集団」だが、共和党支持者からすれば「政治的イデオロギーに基づいてポジショントークをする人たち」という扱いなのだ。

 この分断が、今回の大統領選でさらに深刻になる恐れがある。先ほど、選挙自体は大盛り上がりだったのに、選挙を報じるマスコミからは「視聴者離れ」が起きているということを紹介したが、その中でまだ視聴者数が多いのはどこかというと、FOXニュース(視聴者数1410万人)である。では、バイデン氏の勝利を後押ししたCNNはどうかというと、940万人でこちらは「惨敗」なのだ。

 もちろん、FOXニュースの方が視聴者が多いからと言って、信頼に値するというわけではない。反トランプの人たちからすれば、FOXニュースは「トランプのプロパガンダを流すプロバガンダ機関」であり、その逆でトランプ支持者からすれば、CNNは「偏向マスコミ」である。

 目くそ鼻くそを笑うではないが、このように互いに「お前は間違っている」「いや、お前の方こそ狂っている」と罵(ののし)り合いを続けているうちに、互いの信用をどんどん貶(おとし)めるという悪循環に陥っており、バイデン政権になってそれがさらに目もあてられないほどひどいことになっていく可能性もあるのだ。



米大統領選挙のゴタゴタは
日本にとって対岸の火事ではない

 と、ここまで聞いて、「アメリカはあんなのが大統領になっちゃう国だから、大変だな」などと他人事のように感じている人も多いかもしれないが、実はこれは対岸の火事ではない。

よく「日本はアメリカの10年後を行っている」などという話を聞くが、この現象も然りで、アメリカのようなマスコミ不信が進行していく恐れがあるのだ。

 日本はテレビや新聞の信頼度は、ネットに比べて非常に高い。しかし、それは日本のマスコミが優れているからでも何でもなく、記者クラブ制度という世界的に珍しい制度が関係している。

 海外では、ジャーナリストは自分で取材をして、自分で事実確認をして報道をする。が、日本のマスコミの「裏取り」というのは、記者クラブを介して懇意になった役人に電話をして、「こういう記事を出しますが、間違っていないですよね」と確認をすることである。要するに、報道の最終的な信頼は「民」ではなく「官」が担保するという「官報」的な側面が強いのだ。

 だから、ほとんど「誤報」がない。警察や役所という公的機関が出している情報と、朝刊に掲載された記事がビタッとトンマナが揃う。主要なマスコミは、全国津々浦々にある何かしらの記者クラブに属しているので、情報の内容にバラつきがなく、政治や公的機関が「あの報道はおかしい」なんて文句をつけることが少ない。国民の目には、記者クラブ制度のない国々と比べて、平均的に「正確な報道」と映るのだ。

 ただ、この「情報の正確性」という日本のマスコミの強みがあるからと言って、「マスコミ不信」の不安がないというのは、国民をナメすぎだ。

 公益財団法人「新聞通信調査会」が行った令和元年度(2019年度)の「メディアに関する全国世論調査」では、「新聞」の信頼度は100点満点中68.9点で、「NHKテレビ」の68.5点を上回った。しかし、どのメディアでも調査開始からじわじわと落ちてきており、信頼度が低くなったとした理由のトップは「特定の勢力に偏った報道をしている」(53.9%)だった。

 実際、自民党支持者からすれば、朝日新聞東京新聞TBSなどは「偏向マスコミ」ということになっている。大阪都構想住民投票前に、「市4分割 コスト218億円増」とうった「毎日新聞」の報道を、プロパガンダだと叩くような方もたくさんいらっしゃる。

 一方、野党などを支持する皆さんの中には、産経新聞や読売新聞は自民党政権におもねる御用メディアだと考えている方もたくさんいる。

 アメリカで過熱している「フェイクニュースを流すな!」「いや、お前こそが偏向だ」という不毛な争いが、日本でも局地的ではあるがすでに始まっているのだ。それはつまり、トランプのような煽(あお)り能力の高い人間が現れれば、アメリカのような「マスコミ信頼失墜」がいつ起きても不思議ではないということである。

 

異なる政治信条の人を
許容する懐の深さ

industrial consultant peter drucker

1953年のピーター・ファーディナンドドラッカー。この頃は経営学者として、当時のニューヨーク大学(現在のスターン経営大学院)の教授を務めていました。このおよそ10年後、『「経済人」の終わり』を上梓する。

BettmannGetty Images

 ナチスドイツのプロパガンダを研究していたドラッカーは、処女作『「経済人」の終わり』の中で、このように述べている。

 「プロパガンダ蔓えんの危険性は、プロパガンダが信じ込まれる、ということにあるのではまったくない。その危険は、何も信じられなくなり、すべてのコミュニケーションが疑わしいものになることにある」

 今のアメリカはドラッカーの「予言」通りになっている。この現実を日本のマスコミも真摯に受け止めるべきだ。政権批判も結構だ、「正義のためにあいつを引きずり下ろせ」という批判精神も大いに持てばいい。しかし、だからと言って、事実を恣意(しい=自分の思うまま)的にねじ曲げたり、都合の良い切り取りをすると、アメリカのマスコミの二の舞を演じることになる。いくら憎き相手がやっているからといって、マスコミまでプロパガンダを始めてしまうと、国民は何も信じられない。こうなるとあとに残るのは、「猜疑心(さいぎしん=人の言動を疑う心)」と「異なる思想をもつ人々への憎悪」のみだ。

 フェイクが溢れるこんな時代だからこそ、ジャーナリズムには、異なる政治信条の人間を許容する懐の深さが必要なのではないか。

ダイヤモンド・オンライン

※この記事は20201112日に公開されたものです。