一方的資料で緊急事態条項に反対したTBS報道特集  「燃料不足と震災関連死は無関係」に異議 日本大学教授 百地章

 

 

2016.5.17 09:43更新

【正論】
一方的資料で緊急事態条項に反対したTBS報道特集 

「燃料不足と震災関連死は無関係」に異議 日本大学教授 百地章

http://www.sankei.com/column/news/160517/clm1605170009-n1.html



日本大学教授 百地章

 

≪ガソリン不足と無関係か≫

 4月30日放送のTBS報道特集憲法公布70年『緊急事態条項』は必要か」がネットで話題になっている。

  番組によれば「岩手・宮城・福島の被災3県にある全36の消防本部に取材したところ、燃料不足によって救急搬送できなかったという回答は1件もなかった」 という。そしてそれを根拠に、緊急車両がガソリン不足で出動できず、被災者の命を救うことができなかった、などといった事実は存在しないとし、ガソリン不 足による震災関連死を指摘した『まんが女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』(筆者監修)の記述についても疑問を呈した。

 それを受けて、TBSラジオでは荻上チキ氏が「震災関連死とガソリン不足は無関係」であり、そのような主張は「デマ」であると喧伝(けんでん)している。

 果たしてこの主張は正しいのか。争点は、第1に「そもそもガソリン不足によって緊急車両の出動に支障が生ずることなどあったのか」、第2に「ガソリン不足に起因する震災関連死は本当に存在したのか」ということになろう。

そこで以下、再検証を試みることとする。

 その際、大切なことは、震災後5年が経過した今頃になって取材し、その結果得られた消防本部からの回答だけで結論を下すのではなく、当時の新聞報道やさまざまな震災報告書なども踏まえて、客観的な検討を加えることである。

  まず、第2の震災関連死の問題だが、復興庁の「東日本大震災における震災関連死に関する報告」(平成24年8月)を見ると、震災関連死は1632人、その 中には原因の一つとして「救急車を呼んだが、ガソリンがなく自力で運ぶよう要請があった」(24頁(ページ))ことがはっきりと明記されている。

 同報告には、以下のような記述もある。「一般病院(や施設)の機能停止が大きな死亡要因となった。長期間のライフラインの停止、物資や人の支援が遅れたため。背景にガソリン不足がある」(3~4頁)

 ≪合理的に推測できる震災関連死≫

 震災関連死により245人の犠牲者を出した仙台市の「東日本大震災 仙台市被害状況」(平成 24年12月)でも、「迅速な対応を阻害した要因」の第1に「燃料の不足」があげられ「重油、ガソリン、軽油、灯油」「非常用発電、緊急車両・公用車・作 業車の燃料、避難所の暖房のための燃料が払底」とある。

 さらに、厚生労働省の報告書「厚生労働省での東日本大震災に対する対応について」(平成24年7月)にも、「ガソリン不足による給油制限のため、発災後初期には医薬品等の被災地への広域輸送や現地卸業者による医療機関等への搬送に支障が生じた」(15頁)とある。

 このようにガソリン不足が直接ないし間接の原因となって、多くの震災関連死が発生したであろうことは、さまざまな資料によって証明ないし合理的に推測できる。

 次に、震災当時、ガソリン不足により緊急車両の運行に支障があったのか。この点は以上に加え、報道からも明らかである。

当時の新聞を見ると、「緊急車両もガソリン不足」(読売3月16日)「ガソリン枯渇深刻」(河北新報3月16日)「緊急車両は優先的に給油できたものの、台数が多くて供給が追いつかない」(河北新報社東日本大震災全記録』209頁)などといった記事が各所にみられる。

  米紙ウォールストリート・ジャーナル(3月22日、日本版)にも「深刻なガソリン不足が救援活動の妨げ-東日本大震災」と題する以下の記事がある。「深刻 な燃料不足が、東日本大震災の救援活動の大きな妨げとなっている。当初の地震津波から1週間以上がたつが、被災地ではガソリン不足のため生存者の捜索や 食品などの生活必需品の配送が遅れ、灯油の足りない避難所では被災者が凍える日々を過ごしている」

 これこそ、当時私たちがテレビや新聞などのニュースで知ることのできた被災地の現状そのものではないか。

≪国民の命を守る緊急事態条項≫

 筆者はこのような東日本大震災の経験を踏まえ、多くの国民の命と安全を守るためにはガソリンなどの 物資の統制が必要だったこと、しかし憲法で保障された国民の権利や自由を制限し物資の取引制限を行うためには、単に法律によるのではなく憲法上の根拠が必 要であり、緊急事態条項を設けるべきである-と訴え続けてきた。

 これに対し、TBSの特集では現地消防本部への取材をもとに震災関連死を否定し、緊急事態条項に反対している。むろん反対は自由だが、一方的な資料だけで結論を導き出し、対立する意見を退けるやり方はいかがなものか。

 放送には特に政治的公平性が求められる。その意味でも、今回のように大きく意見が対立している問題を扱うときには慎重さが必要であり、この報道特集には疑問が残るのである。(日本大学教授・百地章 ももち あきら)