感情抜きの日本「核武装」議論を 米も核武装容認論が多くなっている 杏林大学名誉教授・田久保忠衛

 

 

  2017.9.25 09:00更新

【正論】
感情抜きの日本「核武装」議論を 米も核武装容認論が多くなっている 杏林大学名誉教授・田久保忠衛

http://www.sankei.com/column/news/170925/clm1709250004-n1.html

 

 朝鮮半島危機で、国連の「これまでに最も厳しい」対北朝鮮経済制裁措置が効いてくるのか、日米韓の対北包囲網に中国が完全に加わるのかに、当面の関心が集中している。その中で、日本の核武装を規制してきた国際的環境は動き始めたと、私は観測している。

 1つは、米国の一部に潜在的にあった賛成論が頭をもたげつつある。2つは韓国に高まる核武装論で、米国の一部にはこれに関心を示す向きがいるという事実である。日本も早晩、迫られると考えていい核の選択肢を前にして実施される国政選挙は、いや応なしに日本の国防体制を揺るがすかもしれない。

 ≪SS20を全廃させた西独の政策≫

 広島、長崎の衝撃で「過ちは繰り返しません」というアレルギーを生んでしまった日本にとって、感情抜きの核論議は容易でない。理詰めの議論で常に想起するのは西独社民党の党首だったヘルムート・シュミット首相だ。

 1970年代後半に第三世界に直接・間接的に影響力を伸ばしたソ連は、同時にソ連の欧州部に中距離核兵器であるSS20を次々に展開した。米カーター政権は核の傘の提供で欧州の同盟諸国を守ると約束した。いまで言う拡大抑止であろう。

 ソ連がSS20を政治的武器に利用しようとしている意図を見抜き、米カーター政権の甘いソ連観に疑問を抱いたシュミット首相はSS20に対抗できる米核兵器を国内に配備し、相手と対等の交渉力を得たうえで、中距離核全廃の話し合いに入るとの結論に達する。

 77年10月にロンドンの国際戦略研究所(IISS)での記念講演でこの点をえぐり出したシュミット演説はその後、北大西洋条約機構NATO)の政策として採用されて実施され、ついにSS20全廃が実現する。

 日本で核が禁忌とされている理由はこの国の特殊事情の他に、同盟国である米国の有形無形の意向があるからだと私は考えている。

 いい例は11年前に自民党中川昭一政調会長が「(日本に)核があることで攻められる可能性が低い、あるいはない、やればやり返す、という論理は当然あり得る」と述べただけで、野党ばかりか自民党内からも強い非難を受けた。

 驚いたことにワシントンからライス国務長官が急遽(きゅうきょ)訪日し、日米同盟は核やミサイルの挑戦に耐えられるのだと確約した。同長官の本音は米大使館での記者会見で明言したように「日本の核武装に反対する」だ。中国や近隣諸国への衝撃を考えているからである。ときに米国は中国を動かすテコに日本核武装論を利用している。

 ≪米国は旧来の思考を変え始めた≫

 ところが、北朝鮮の暴走が激しくなるにつれて米メディアに日本が核武装に向かっていると言い切る論調や社説が多くなっているように見受ける。例えば、8月2日のFOXニュースは「日本は生存のため核を持つ必要があると、かつては考えられなかった意見が主流になり始めた」と断定し、8月30日付ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙は社説で「いくら信用できる同盟国だからといって、生存の判断を米国に任せられぬとの結論を出すかもしれない」と書いた。

 気になるのはバード大学教授でハドソン研究所研究員のウォルター・ラッセル・ミード氏が9月5日付WSJのコラムに書いた、日本の核武装論をめぐり米政府内の見解は分かれているとの指摘だ。

 ホワイトハウスのトップ補佐官たちは現状維持が国益に合致するとみているのに対し、トランプ大統領を含む他の人々は、東アジアの核武装化が米外交の成功だと考えているという。在韓米軍の撤退が可能になり、防衛予算は削減でき、中国封じ込めの費用は同盟国に負担させ得るというのである。

 共和党トランプ派も民主社会主義者バーニー・サンダース系も旧来の思考はしていないようだ、とミード氏は述べている。

 ≪「非核三原則」を問うべきだ≫

 一方で、韓国に台頭している核武装論の意味も決して軽くない。北朝鮮による9月3日の核実験後の韓国世論調査結果は戦術核兵器の再配備「賛成」68%、独自の核武装「賛成」60%だから、日本のムードとは対照的だ。

 韓国の中央日報は9月11日付社説で「戦術核再配備への韓国人の態度には著しい変化が生じている。最近の世論調査2つは国民の3分の2近くがこれを支持していることを示した。議論が白熱する中で文在寅政権は賢明な判断を下さなければならない」と説いた。

 戦術核の配備にはホワイトハウス高官とマケイン共和党上院議員が、「選択肢」としてないとはいえないと同趣旨の論評をしたという(9月13日付ワシントン・ポスト紙)。韓国の戦術核再配備の発想はシュミット理論と同じだ。

 非核三原則のうち「持ち込ませず」はやめようと自民党石破茂氏は述べた。国際的には何の変哲もない議論だが積極的反応は少ない。こちらの方が異常だ。国民に信を問う必要はその意味でも大ありだ。(杏林大学名誉教授・田久保忠衛 たくぼ ただえ)