【本紙前ソウル支局長公判】法廷に響いた言葉 「良心に立ち、法治国家の名にふさわしい判断を」…最終弁論詳報

加藤氏の説明は明快であり、ぜひともその内容を国民に読んでいただきたいと感じる。

 


【本紙前ソウル支局長公判】法廷に響いた言葉 「良心に立ち、法治国家の名にふさわしい判断を」…最終弁論詳報
2015年11月4日 13時29分
産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/10789189/

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 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉をコラムで傷つけたとして在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長(49)に対する10月19日の論告求刑公判は、弁護側による最終弁論に移った。
 弁護側は、コラムが「誹謗目的だった」とする検察側の筋立てを論駁していき、コラムの「公益性」を改めて強調した。加藤前支局長は、最終意見陳述で「韓国民の良心に立ち、法治国家の名にふさわしい判断を願ってやみません」と裁判所に訴えかけた。(ソウル支局)
 午後7時ごろ、検察側の論告求刑が終了し、弁護側による最終弁論の読み上げに移った。
 検察側同様、廷内に設置されたモニターに要旨を映し出しながら、弁論が進められた。
 弁護人「被告人が本件で噂を紹介したものは、事実の摘示に当たらない」
 弁護側はまず、こう切り出し、「客観性のある噂であれば、噂の存在自体を証明すれば十分だ」「噂の存在自体を主張する場合、噂の存否を証明すれば十分だ」という日本の学説を例示した。
 その上で、加藤前支局長がコラムで書いた表現を取り上げた。
 「世間では『大統領は当日、あるところで“秘線”とともにいた』というウワサが作られた」「それは朴大統領と男性の関係に関するものだ」「男女関係に関することだと、はっきりと書かれてはいない」
 弁護人「たとえ、被告人の行為が事実の摘示に該当したとしても『摘示した事実』に該当するのは、『朴槿恵大統領が(韓国旅客船)セウォル号事故当日、(元側近の)鄭(チョン)ユンフェ氏と一緒にいたという点』にすぎない」
 続いて、検察側の「主張の不当性」について一つ一つ論証していく。
 まずは、検察側が、加藤前支局長が「噂が虚偽だと知っていた」根拠として掲げた「セウォル号事故当日、大統領の動静は国会速記録などで確認可能だった」との主張についてだ。
 弁護人「当日の大統領の動静は、国会の速記録などでも明らかにはされておらず、被告人は、記事作成前に大統領の動静を知りえなかった」
 加藤前支局長が主な引用元とした韓国紙「朝鮮日報」は、噂を否認する態度を取っていたとの検察側の主張に対しては、「むしろ、朝鮮日報の崔普植(チェ・ボシク)コラムは客観的な事実を列挙して、噂に言及し、相当な信頼性を持っている。否認する態度ではない」と強調した。
 加藤前支局長が「秀でた韓国語能力を有しながら、取材努力を怠った」との検察側の立証の柱についても反駁した。
 弁護人「被告人(の韓国での経歴)は、6カ月間の語学研修と3年9カ月の特派員生活のみ。被告人の韓国語能力では、韓国内のメディア記事をそのまま伝えるのが最善だった」
 「捜査権もなく、当時、青瓦台(大統領府)から無期限出入り禁止および取材拒否の通告を受けていた被告人は、噂について十分な取材ができなかった」
 検察側は、この出入り禁止措置が大統領を「誹謗」する動機となったとの筋書きを示していた。
 一方で、噂をコラムに書いた点に関して、弁護側はこう説明した。
 弁護人「噂を提起しうる最小限の根拠資料さえあれば、記事を作成することができる」
 弁護側は「被告人の記事の焦点は、『朴槿恵大統領の男女関係』ではない」と述べ、「誹謗目的の存在の有無」についても検証した。
 検察側は、コラムにある「低俗な噂」や「下品な噂」「政権の混迷ぶり」といった表現を「誹謗の目的があった」根拠とみなした。
 弁護人「被告人は、朝鮮日報の『口にすること自体が品格を下げるものだと思われた』という部分を『低俗』または、『下品な』というふうに翻訳し、圧縮して表現した。日本では、『低俗』『下品』はよく使われる表現だ」
 「日本では、『混迷』『不穏』もよく使う単語だ」
 「上記単語を記事に使用したとしても、『誹謗の目的』があったとはいえない」
 次に、弁護側の主張の柱である「コラムは公共の利益のためのもの」だった点の検証に移る。
 弁護人「被告人は、国家的災害の発生時に国家元首の動きが透明であってこそ、国民から支持を得られるという“他山の石”を提供した。被告人の記事は、公共の利益のためのものだ」
 「被告人は虚偽事実に対する認識もなく、そもそも、虚偽認識の有無と誹謗の目的は、別個の犯罪構成要件だ」
 「朴大統領の動静と鄭ユンフェ氏と会っていたことは当時、一般的なメディアでもニュースとして扱われていた。韓国内のメディアが特定の疑惑を報道し、それが最小限の信憑(しんぴょう)性があると判断されれば、外国メディアもそれを報道することができる」
 公人についての報道である点についても主張していった。
 弁護人「『オバマ米大統領がイスラム教に関係している』という噂に関する報道を、韓国の聯合ニュースも、米紙、ワシントン・ポストの内容を引用して伝えた。検事の論理では、これもオバマ大統領への名誉毀損(きそん)に該当するはずだ。しかし、誰も問題視していない」
 「2015年6月25日、米国務省人権報告書が、産経新聞前ソウル支局長事件に言及し、『言論の自由の制限に対する懸念』を表明している」
 検察側は「コラムの報道は、朴槿恵大統領や鄭ユンフェ氏の『プライバシーに関する部分』であり、公共の利益のために作成したものに当たらない」と主張してきた。それについても反論した。
 弁護人「公的な人物の『プライバシーの部分』と『プライバシーでない部分』を明確に区分するのは容易ではなく、韓国の権力のトップにいる朴大統領に純粋なプライバシーの領域があるとは思えない」
 「鄭ユンフェ氏についても、(会っていたと噂された)相手人物が大統領だった」
 「(韓国の)毎日経済新聞によると、『朴槿恵政権で最も影響力のある人物』というアンケートで、鄭氏は5位であり、鄭氏も公的人物とみなされ、鄭氏についても、公共的社会的意味を持った事案だった」
 李明博(イ・ミョンバク)前大統領に対する名誉毀損事件に関する判例にも触れ、「公務員にはそもそも、本人自らが保護して守らなければならない名誉というものは、存在しないとみることもできる」と指摘した。
  弁護人「被告人の同事件報道の記事は、『公的人物』である朴槿恵大統領の『公的事案』であり、被告人が示した内容は、朴大統領および、鄭ユンフェ氏に対す る悪意的であったり、甚だしく軽率な攻撃として著しく相当性に欠くものとして評価されないので、『誹謗の目的』がない」
 「また、大法院(最高裁)の判例からも、被害者が、被告人の名誉毀損的表現の『リスクを自ら招いた点』が必ず考慮されなければならない」
 大統領府側がセウォル号事故当日の朴大統領の動静をはっきりさせなかったことが、「空白の7時間」に関する疑惑を呼んだ最大の要因だったことは、厳然たる事実だ。
 その上で、最終弁論をこう総括した。
 弁護人「結論。一、朴槿恵大統領が鄭ユンフェ氏と男女関係であったり、(鄭氏の義父)崔太敏(チェ・テミン)氏と緊密な関係であるという噂を示したが、このような噂の摘示は、具体性を持っていないため、事実の摘示に該当しない」
 「二、たとえ、被告人の報道内容の一部が虚偽事実に該当したとしても、噂の内容が『虚偽』だと認識できず、名誉毀損の故意が認められない」
 「三、朴槿恵大統領と関連した事案は、公的人物に対する公的事案として、ただ単に、公益の目的でのみ報道したため、誹謗の目的はない」
 「よって被告人は無罪」
 最終弁論は終了し、加藤前支局長は、再び証言台につき、最終意見陳述を読み上げた。
 加藤前支局長「審理終結に当たり、現在の考えを申し上げます」
  「昨年11月27日の初公判でこの法廷に立って以来、早くも11カ月がたとうとしています。これまでの公判には欠かさず出廷し、誠実に裁判に臨んできまし た。検察による取り調べにも3度応じ、長時間にわたり、自身の見解を説明してきました。取り調べや公判を通じ、私が朴槿恵大統領の名誉を毀損しようとする 意図は存在しないことが、十分にご理解いただけたことと思います」
 加藤前支局長は、はっきりした口調で読み上げていく。日本国内で朴大統領の言動に対する関心が高いこと、加えて、高校生ら約300人が犠牲となったセウォル号沈没事故は「政治や社会状況に至るまで非常な関心事になった」と説明した。
 加藤前支局長「特に犠牲となった高校生の親が嘆き悲しむ姿を伝える日本の報道を見聞きし、日本に住む私の知人たちや、私の母親までもが、その不条理の大きさに涙をこらえることができなかったほどです」
 「起訴の対象となったコラムについて言えば、未曾有の大惨事当日の朴槿恵大統領の動静は関心事であり、韓国社会において、朴槿恵大統領をめぐる噂が流れたという事実も、特派員として伝えるべき事柄であると考えたのは、当然のことといえます」
 「そこに、韓国最大部数を持つ朝鮮日報の記事がありました。朝鮮日報が『朴槿恵大統領を取り巻く風聞』という記事を書いたこともまた、日本の読者に向けた報道の対象となる一種の社会現象と考えるのは、自然なことです」
 名誉毀損で告発されて以後の韓国人の反応にも触れた。
 加藤前支局長「韓国には、韓国人の親しい友人たちがいます。私が昨年8月に告発を受けて以来、これらの方々から聞こえてきた声の多くは、この問題を刑事事件として処罰しようとすることの異常さです」
  「つまりは、どうしても記事に問題があるというのであれば、刑事裁判という手段で懲罰を与えるのではなく、あくまで、民事で解決すべき問題であるという指 摘です。韓国にもこうした声があるのを聞き、1990年に初めて韓国を訪れてから、韓国の友人たちに親しみをもって接してきた私自身、心強く感じておりま す」
 そして、こう締めくくった。
 加藤前支局長「この裁判は、国際的に注目されております。裁判所におかれましては、言論の自由に対する国際的な常識や、韓国民の良心に立ち、法治国家の名にふさわしい判断を示していただけることを、願ってやみません」
 午後7時46分、李東根(イ・ドングン)裁判長が、11月26日に判決公判を開くことを告げ、6時間近くに及んだ公判が終結した。(完)